後藤 彰 Akira GOTO
風水力機械カンパニー 企画管理技術統括 技術開発統括部
米国機械学会流体工学部門から,“Fluid Machinery Design Award”を受賞した。それを機会に,著者の経験に基づき,流体工学分野に関わる過去40年間の実験技術,数値解析技術,設計最適化技術の変遷を俯瞰する。事例として,羽根車下流の周期変動3次元流れの計測技術,多色油膜法による複雑な2次流れの可視化技術,数値流体力学技術,3次元内部流れを論理的に制御する3次元逆解法設計技術,流体機械の性能曲線をカスタマイズするための多目的最適化技術,複雑な3次元流路形状を最適化するためのアドジョイント法技術などを紹介し,近未来への期待についても述べる。
To mark receiving the “Fluid Machinery Design Award” from the ASME Fluids Engineering Division, advances in experimental, numerical, and design technologies for fluid machinery over the last 40 years are reviewed based on the author’s experience. Advances include pressure probe measurements downstream from a rotating impeller, multi-color oil-film flow visualization of complex secondary flows, various levels of CFD technology, 3D inverse design method for logically controlling internal flows, multi-objective optimizations for controlling performance curves, and adjoint method for optimizing complex 3D configurations. Future prospects are also discussed.
Keywords: Tow-hole Pitot probe, Multi-color oil-film flow visualization, Computational Fluid Dynamics, Inverse design method, Numerical optimization, Multi-objective optimization, Adjoint method
この度,米国機械学会(ASME)流体工学部門から,Fluid Machinery Design Awardを受賞した(図1)。同賞は1980年に創設され,「Excellence in the design of machinery involving significant fluid mechanics principles, which benefits mankind as exemplified by product use within the past decade.」に対し,2年ごとに贈賞される。なお,2016年はASME流体工学部門の設立90周年記念の年であり,過去の各賞受賞者を含む部門功労者91名の一人として,記念メダル(図2)も授与された。功労者リストに日本人の名前は他に見当たらず,今回の受賞の重みを一層痛感している。
ASME流体工学部門が設立された1926年は,ガスタービンエンジン誕生前夜の時代である。その後の流体技術に関わる技術革新は目覚ましい。筆者は,ベクトル型スーパーコンピュータの実用化の時期に大学院で研究生活に入り,その後のコンピュータの長足の進歩の恩恵を受けながら,流体機械業界で実験・解析・設計技術の研究開発に取り組んできた。本稿では,今回の受賞をきっかけに,その間の技術の変遷を振り返りたい。
過去40年程度の,流体機械に関する実験・解析・設計の各技術の変遷を図3に示す。いずれの技術の進化軸も,当社における実績に基づいており,世の中における当該技術の変遷と整合しない部分もある。ここでは,筆者が直接関わった具体例を紹介しながら各技術の変遷を俯瞰し,併せて近未来に向けた期待を論じたい。
図1 賞状
図2 90周年記念メダル
図3 実験・解析・設計の各技術の変遷
1980年代前半に,非粘性流れに対する準3次元流れ解析と1次元の損失モデルを組み合わせた,ポンプ性能予測技術の開発に取り組んだ。羽根車内で発生する損失を明確化するために,羽根車出口の変動流を計測可能な,周波数応答に優れた2孔ピトー管を開発した 1)。図4にその構造を示す。通常のピトー管と同程度の直径6mmのステム軸内に拡散型半導体圧力素子を設置し,それとプローブヘッドの2個の取圧孔を導圧管でつないでいる。導圧管内部には粘度調整したシリコーン油を真空封入し,高い周波数応答性(約5.6 kHz)を実現した。当時提案されていた5個の圧力センサーを内蔵した非定常流計測用5孔ピトー管と比較し,ステム軸とプローブヘッドを大幅に小型化し,流れ場への影響を緩和した。2孔ピトー管の着想は,九州大学の井上雅弘教授(当時)の研究グループが,送風機内部流れの計測法として提案した,単一傾斜熱線による周期的多点抽出法 2)から得た。当初は単孔ピトー管による3次元計測を試みたが,角度変化に対する感度が低く,計測精度を確保するために2孔とした。当時の計測用パソコンは8ビットCPUで主メモリは64 kB,外部記憶媒体はフロッピーディスクといった状況で,データ採取から演算処理,処理結果の転送という一連のプロセスを高速化するため,機械語でプログラムを記述するなどの苦労があった。
図5に示す,比速度560(m3/min,m,min−1)の斜流ポンプ羽根車について,出口流れ計測とCFD解析(CFD:Computational Fluid Dynamics,数値流体力学)を実施した 3)。図6(a)に示す羽根車環状流路断面内の2次流れのCFD結果によれば,羽根車内部の高損失流体は,羽根先端漏れ流れと羽根間2次流れが干渉する領域に集積することが示唆された。羽根車の失速前後での計測結果によれば,運転点が部分流量となるにつれ,この高損失領域は羽根間の中央から,羽根負圧面とシュラウド面とのコーナー領域へと移動し(図6(b)),更なる流量の低下で急拡大し(図6(c)),ポンプ揚程の急低下(失速,揚程曲線の右上がり不安定特性)を生じることが明らかになった 4)。こうした2次流れ挙動の解明は,羽根車前縁上流への噴流吹き込みによって,失速やサージング現象をアクティブに抑制する,新しい流体機械デバイスの創出にもつながった 5)。
図4 高周波数応答性を有する2孔ピトー管
図5 2孔ピトー管による羽根車出口流れの計測
図6 斜流ポンプ羽根車の出口流れ
1988年から2年間,英国ケンブリッジ大学のホイットル研究所において,軸流圧縮機の実験研究に取り組んだ際に,赤色の蛍光粒子を軽油に混ぜ,壁面流線を可視化する方法を学んだ。帰国後,その方法に触発され,赤・青・黄・緑など種々の色の蛍光粒子を利用し,ポンプ内部の複雑な3次元流れを直感的に理解しやすい形で可視化する,多色油膜法を開発した 6)。
従来の油膜法でも赤・白・黄色の顔料が使われているが,その比重は4~9で油膜と清水間の比重差の影響が出やすく,また鮮明な中間色や繊細な流線を得ることも難しい。さらに,顔料や油,添加剤,分散剤の調合が経験に依存し,再現性にも難があった。これに対し,本油膜法は,①蛍光粒子によって流線が鮮明,②粒径が均一で小さく(約5μ)繊細で鮮明な中間色の流線が得られる,③色によらず比重は約1.3で油との調合でほぼ清水の比重と一致する,④得られる油膜の性状が安定しており経験に依存する要素が少ないなどの特徴がある。
図7は,多色油膜法を比速度280(m3/min,m,min−1)の斜流ポンプ段落に適用した事例を示す。ハブ面及びシュラウド面に青色,羽根の負圧面に黄色,そして圧力面に赤色の油膜を塗布し,約5分間の運転を行った。羽根の負圧面上(SS)をハブ側からシュラウド側に向かう子午面2次流れ(青色),羽根圧力面上(PS)の子午面2次流れに起因するシュラウド面上の羽根間2次流れ(赤色),ディフューザ流路前半の負圧面からハブ面に向かう2次流れ(黄色),同流路後半の圧力面からハブ面に向かう2次流れ(赤色),そして両者が干渉する領域に生じた剥離渦(中間色)などが明瞭に観察できる。
図8は,上記羽根車のシュラウド内壁面の代表的なフローパターンをスケッチしたものである。最高効率点の80%流量近傍までは羽根圧力面側から負圧面側へ向かう羽根間2次流れが支配的だが(Type A),流量が減少するにつれ羽根負圧面とシュラウド面のコーナー部に小さな剥離渦が初生する(Type B)。この剥離渦は,流量の低下と共に発達し(Type C),ついには羽根間流路から上流側へ排出され,羽根車入口逆流が初生し(Type D)発達する(Type E)。この羽根車では,最高効率点の70%流量付近でType Bのフローパターンが発生し,68%~66%流量ではType B~Eが各流路で混在し,65%流量では全流路でType Eへと移行する 7)。以上のように,多色油膜法によって複雑な2次流れ現象を把握することで,部分流量域で生じる異常現象の解明が進展し,同時に有益なCFD解析の検証データを獲得した。
図7 多色油膜法による可視化(斜流ポンプ,設計点流量)
図8 入口逆流の初生と発達の様子
レーザ流速計(LDV:Laser Doppler Velocimeter)に代表される,光を用いた非侵襲の(プローブ挿入などで流れを乱さない)内部流れ計測法は1980年代からポンプ内部流れに適用された。近年では流体中のトレーサ粒子群の挙動から,レーザ照射断面上の流れ場全体の瞬時計測を行う粒子画像流速計則法(PIV:Particle Image Velocimetry)が実用化され,壁面境界層内部の乱流構造の計測も試みられている。近年の技術課題は,非定常性の強い流動現象が関わることが多く,PIVへの期待は大きいが,ポンプ内部流れへの適用はまだ限定的である。数値解析とのハイブリッド化や,キャビテーション流れへの適用が進めば,大きなブレークスルーが期待できる。
スーパーコンピュータに関するTop 500 Lists(https://www.top500.org/lists/)によれば,計算機の演算速度は3~4年ごとに約10倍の高速化を達成してきた。更に重要なのは,世界トップのスーパーコンピュータと同等の演算速度をもつ計算機が,約10年後には産業界でも利用されているという事実である。このことは,単純計算によれば,10年前に1年を要していた技術計算が半日で,あるいは1日に1ケースの解析検討を実施していたものが,1日で700ケースの解析が可能になり得ることを意味している。実際には,解析モデルの精緻さの改善(例えば,これまで無視していた狭い隙間をモデル化する),解析モデルの規模拡大(例えば,1段落だけでなく多段ポンプを丸ごと全段解析する),解析精度の向上(例えば,高細密なメッシュを使用し高精度の乱流解析を行う),非定常計算の多用(例えば,これまでは時間平均的な流れだけを見ていたが,現実がそうであるように,時間的に変動する非定常流れを扱う),解析対象の拡大(例えば,実験に依存していたキャビテーション現象の評価を解析で行う)などによって,スピードやケース数のインパクトは上記ほどにはならない。
しかし,技術計算を援用したエンジニアリングの姿が様変わりし,21世紀のものづくりの在り方に極めて大きなインパクトがあることは疑う余地がない。
図9(a)は1990年代に行われていた,典型的な斜流ポンプ段落のCFD解析メッシュを示す 8)。当時は,メッシュ生成の煩雑さを避けるために,羽根端部を丸めることで羽根先端隙間まわりの形状を模擬した。また,羽根車上流に向かって主軸を仮想的に延長し,メッシュのトポロジーを変えないように配慮した。周方向には周期境界条件を用いて周方向1ピッチの羽根間流路だけを解析し計算負荷を軽減した。さらに,羽根車とディフューザの羽根枚数の違いに対し,両流路間で空間平均化処理を行うミキシングプレーンモデルを使用し,定常流れ解析によって現象を模擬した。この事例の総メッシュ点数は約26万点であった。
これに対し,20年後の2010年代半ばには,計算機の飛躍的な進歩(演算速度100万倍)で,より精緻なモデル化が可能となった。図9(b)は高圧多段ポンプに使用した解析モデルを示す 9)。非設計点では狭い隙間からの漏れ流れの影響を無視できないため,羽根車やディフューザ流路だけでなく,スリーブやライナーリング部の狭い隙間もモデル化している。このポンプでは,ボリュートケーシングや長段間流路(クロスオーバ)などの非回転対称の流路を含むため,周期境界は利用していない。本事例の総メッシュ点数は約3600万点であり,ポンプ内部の流体領域をほぼ丸ごとモデル化し,さらに時間と共に羽根車とディフューザ流路の相対位置を変化させる非定常計算を実施している。
図9 20年間の解析規模の変遷
解析メッシュの精細化と解析モデルの大規模化に加え,乱流モデルの高度化も大きく進展した。産業界では,長年,全ての渦スケールの乱流をモデル化するRANS(Reynolds Averaged Navier-Stokes)解析が主流である。しかしながら,我が国最速のスーパーコンピュータである京スパコンなどを利用し,小さな渦だけをモデル化し,大きな渦はモデル化なしに直接解くLES解析(Large Eddy Simulation)を実用化するための取り組みが進んでいる 10)。図10は両吸込ポンプの羽根入口部の流れ場を,LES解析とRANS解析で比較したものであり,前者では極めて複雑な渦構造が捕捉されていることが理解できる。詳細な渦構造の予測とその制御は,更なる性能改善や限界設計の信頼性を確保する上で不可欠であり,2020年代後半の産業界では,京スパコン級の解析が常用されていると期待する。
図10 羽根車入口部の乱流構造(Q*=1.0:設計点流量)
解析技術の進歩は目覚ましく,解析によって実験を代替するための研究も着実に進展している。解析によれば,実験よりもはるかに精緻な内部流れ場情報が得られることから,実験的アプローチでの限界を突破することが期待される。しかし,解析結果は,どのように設計を変更すべきかを具体的には示唆せず,設計者が膨大な情報に埋没してしまうおそれも高い。100年以上にわたる,流体機械内部流れの実験研究にもかかわらず,いまだ流体設計には多くの未解決課題が残っている現実を直視すれば,「解析技術」の高度化による実験代替だけでは不十分であり,「設計技術」の高度化にも並行して取り組むことが,極めて重要であることが理解できよう。
1970年代までの設計技術は経験則に基づく線図設計に依存していた。この設計法は,過去の豊富な実験実績をベースにしており,実績や経験の範囲内で妥当な設計を素早く行うことができる。その反面,従来実績を超えたチャレンジをする上での指針としては不十分であった。現状の「順解法」アプローチでは(図11上段のフロー),線図設計によっておおむね妥当な形状を得たのち,実験的あるいは解析的な評価の下で,試行錯誤を繰り返すことで設計の修正・改善を行っている。
これに対し,評価指標を満足する理想的な流れ状態を仮定し,それを実現する羽根形状を理論的に求めるという「逆解法」アプローチがある(図11下段のフロー)。逆解法は2次元翼型の設計理論として1945年にLighthillによって提案され,その後,2次元翼列理論への展開を経て,1990年頃に3次元理論が完成された 11)。これらの理論は非粘性流れを仮定しているため,設計された形状が粘性流の下で期待どおりに機能するとは限らず,産業応用の課題であった。しかしながら,1990年代のRANS-CFD技術の本格的な実用化によって,設計結果のより正確な評価が可能となり,逆解法は実用的な設計ツールへと進化した。1990年代半ばには,体系的な制御手段がなかった2次流れ流動を,理論的に制御・最適化する手段としての3次元逆解法技術が確立された 12)。例えば,図7のディフューザ流路の大規模な剥離渦も,ディフューザ内部の2次流れの制御によって,完全に抑制できることが示された 13)。逆解法によって設計された流体機械(ポンプ,圧縮機など)の当社実績は,把握している範囲で,約2.9万台である。
図11 順解法と逆解法
図12に1970年代から2000年代までの,30年間における斜流ポンプ[比速度800(m3/min,m,min−1)]の性能特性の変遷を示す。1970年代の設計をベースラインとし,その設計点における効率と揚程で全ての性能特性を正規化している。1990年代のCFDを援用した設計では8.7ポイントの効率改善が得られ,60%流量付近で生じていた揚程の急低下(失速現象)も解消された。しかし,このときのポンプの最大径はベースラインより24%も大きなものとなっている。これに対し,2000年代の3次元逆解法を援用した設計では,羽根車とディフューザ内部の2次流れを最適化することで,ベースラインから11.6ポイントの効率改善を実現し,かつポンプ最大径も9%の増大に止めることに成功している。
図13はいずれも逆解法によって設計した比速度800(m3/min,m,min−1)のポンプ段落で,同一の要項を満たしている。経験則に従えば,設計比速度に対応した最善の子午面形状が定まるが,ここでは効率追求とコンパクト性追求の2種類の目標を実現する形状を求めた。図13(a)は従来設計と同程度の体格の設計で,最高効率は5.8ポイントの改善を得た。一方,図13(b)は従来設計の約40%までコンパクトな体格で,かつ従来設計並みの効率を維持している 8)。後者の設計を,例えば,ポンプ失速特性が許容できるウォータジェット推進艇用のポンプに採用すれば,そのコンパクト性によって,広い船内空間の確保と,ポンプの軽量化による船艇自身の推進性能の大幅な改善が実現できる。このように,逆解法による論理的なアプローチを行うことで,従来経験則の下での限界を超えて,顧客に高い価値を提供できる。
図12 30年間の性能改善
図13 軸斜流ポンプの逆解法設計事例
2000年代になると,計算機の目覚ましい進歩によって,数値最適化への取組みが活発化した。図14は,代表的な2種類の数値最適化手法を,頂上をめざす山登りに例えて示したものである。勾配法(GM:Gradient Method)は,任意に設定した各設計変数を微小変化させた際に,目的関数(例えば効率)の改善が最も大きい方向,つまり目的関数の変化勾配が最も大きな方向に向かって設計変数を変化させる方法である。極めて効率的な手法であり,少ない計算負荷の下で確実に最適解(山の頂上)に到達できる。しかしながら,非線形性の強い流体現象の最適化問題は,局所的な最適解が多数存在する多峰性の強い最適化問題となることが知られている。このため,勾配法ではどのような設計変数の初期値(どの山の麓)から山登りを開始するかによって,到達する最適解が異なり,大局的な最適解に到達することは難しい。
図14 数値最適化手法
この欠点を克服するために,遺伝的アルゴリズム(GA:Genetic Algorithm)に代表される,探索的な数値最適化手法が提案された。GAでは,様々な設計変数の組合せを,遺伝子の配列で記述し,優れた目的関数を与える遺伝子を優先的に選択して交叉(組み換え)させ,自然界の進化プロセスを模擬することで最適解を目指す手法である。優秀な遺伝子を交叉し,かつ突然変異を導入することで,多峰性の強い最適化問題でも,大局的な最適解に到達することできる優れた手法である。しかしながら,多数の個体(設計ケース)を多くの世代にわたって進化させるために,膨大な数の設計ケースを解析検討する必要があり,多大な計算リソースが必要になるという欠点がある。特に設計変数の数が多い場合(長い遺伝子配列)では,指数関数的に計算負荷が増大し,実行不可能となる場合もある。
逆解法アプローチが実用化された1990年以前の設計理論は,全て羽根形状に関する設計変数を入力とし,それらと性能を結びつける順解法アプローチであった。高性能な流体機械の流路は,3次元の複雑な自由曲面であり,その曲面を定義するための設計変数の数は多く,設計空間も大きくなる。各設計変数を大中小3とおりに変化させ,全ての設計変数を組み合わせた時の設計ケース数を見積ってみる。例えば,8種の設計変数では6561ケース(=3の8乗)であるが,18種では3.9億ケース,30種では206兆ケースとなる。各設計ケースについて,数時間を要するCFD解析を実施するとすれば,設計変数の増大と共に,最適化に必要な計算時間が非実用的な数値となることが理解できる。
羽根車の3次元羽根を順解法で定義する場合,自由度の高い曲面を表現するには20種類程度以上の設計変数を用いる必要がある。これに対し逆解法では,①少ない設計変数(典型的には8種類)によって複雑な3次元曲面の羽根面を短時間(1分以内)に生成でき,②設計仕様としての羽根仕事を必ず満たし,③設計変数(羽根負荷分布)と目的関数(性能特性)の相関も滑らかであるなど,数値最適化との親和性に優れている。こうした特徴を生かし,2000年代前半に3次元逆解法とGAを組み合わせた,単目的の数値最適化手法が提案された 14)。
現実世界では単目的の設計最適化のニーズは少なく,複数の目的関数の最適化が求められることが多い。例えば,図15に示す斜流ポンプ[比速度1300(m3/min,m,min−1)]の場合,運転範囲内での高吸込性能や高効率特性に加え,プラント配管のコストダウン要求から締切揚程(最大圧力)の最小化,モータのコストダウン要求から締切動力(最大動力)の最小化,そしてポンプ配管系のシステム不安定を回避するために,揚程曲線の安定特性(失速回避)の確保などが求められる。しかし,これらの性能特性は互いにトレードオフ関係にあることが多く,全てを同時に最適化することはできない。
図15 斜流ポンプの性能特性
図15は,逆解法における設計変数を種々に変え設計したポンプ段落の,CFDによる性能予測結果を示す。同図の曲線群が示唆するように,同一の設計点性能(揚程と動力)に対し,設計変数を適切に組み合わせることで,最高効率,締切揚程,締切動力,失速特性(揚程の安定性)など,性能特性の異なるポンプを設計できる。こうした背景に基づき,2010年前後には斜流ポンプ性能特性の多目的最適化が提案された 15)。多目的最適化法では,様々な設計変数の組合せが実現する設計空間において,ある目的関数値を改善しようとすると,必ず他の目的関数値を悪化させてしまう解(パレート解)を見出す。パレート解は,設計変数をいかに組み合わせても超えることのできない,パレートフロントと呼ばれる解境界を構成する。図15の斜流ポンプに対して得られた,3種類の目的関数に対するパレート最適解を図16に例示する。すなわち,多目的最適化問題の解は,パレートフロント上でのトレードオフ選択に帰結する。
図16 パレート(トレードオフ)最適解
目的関数が3種類以下のパレートフロントは,2次元平面上の,あるいは3次元空間上の解境界として可視化することができる。しかしながら,4種類以上の目的関数を扱う場合は,パレート解空間を可視化することは容易ではない。これに対し,例えば自己組織化マップ(SOM:Self-Organizing Map)をデータマイニング手法として用い,目的関数の解空間の特徴を可視化することを試みた。図17は前出の斜流ポンプにおける多目的最適化結果にSOMを適用した例である。各目的関数のマップにおいて,対応する点は特定のパレート解を与える設計ケースを示しており,各マップではパレート解が与える性能特性の大小がカラーコンターで示されている。例えば,設計ケース#1は,低締切揚程,受け入れ可能な安定特性,やや低めの締切動力,そして高効率を実現するパレート解を示す。設計ケース#2は,安定特性を優先するために,高締切特性と高安定性を有し,かつ良好な効率を実現するパレート解を選択する場合を示す。このように,あらかじめSOMマップを用意しておけば,トレードオフ関係にある性能特性に関し,顧客要求を最善な形で満足する設計を迅速に選択することができる。
産業界で課題となる最適化問題の大半は,多目的で学際的な(複数の技術領域にまたがる)性格をもっている。今後は,流体技術以外の技術領域を含む,多目的・多領域最適化技術の実用化が重要となる。例えば,軸振動信頼性を最重要とした多領域(流体,振動,構造)最適化技術として,回転機械の形態最適化設計へのチャレンジが始まっている 16)。また,多目的最適化問題の解を効率に選択するためには,図17に例示したような解空間の可視化技術も重要になる。
図17 パレート最適解の自己組織化マップ (<font color="blue"> ★</font>:設計ケース#1,<font color="yellow">★</font>:設計ケース#2 )
エネルギーを流体に与え,あるいは流体から回収する羽根形状の設計手法として,3次元逆解法とそれを数値最適化手法とハイブリッド化した,多目的最適化技術を紹介してきた。一方,流体機械には,機械性能や信頼性に大きく影響する,複雑な形状を有する様々な静止流路が存在する。図19(a)は,2段の羽根車を有する高圧多段ポンプであり,羽根車上流に吸込流路,羽根車下流にディフューザ流路,最終段出口側に吐出しボリュート,そして各段を接続する断間流路がある。これらの静止流路は,極めて複雑な3次元曲面を有しており,3次元CADを用いてもモデル化が煩雑である。自由度を確保するために多くの設計変数で自由曲面を定義する必要があり, 例えば,GAを用いた数値最適化を実行する場合の計算コストは膨大となり現実的でない。
こうした技術課題に対し,近年,アドジョイント法による数値最適化ツールが提案された 17)。この手法では,対象形状に対する解析メッシュの全点を設計変数とし,かつ計算コストは通常のCFD解析と同等とすることができるため,複雑形状の静止流路最適化に有効である。設定された目的関数を最小化(あるいは最大化)するように,勾配法を用いて解析メッシュを反復変形し,最適解を得る(図18)。勾配法に基づく最適化であり,多峰性の強い場合には適していないため,従来設計法などで流路の初期形状を適切に設計した上で適用する。なお,アドジョイント方程式を解く際に得られる感度ベクトルは,各流路壁をどの方向に,どの程度変形させるのかについての指針となり,3D-CADモデルを手作業的に修正する最適化に対しても有益な示唆を与える。
図19は,段間の静止流路に関し,全圧損失低減と流路出口での流れの一様性向上の2目的を,同等の重みで一つの目的関数として最適化した事例である 18)。図19(b)が示すように,通常は回転軸対称に設計されるディフューザ流路も,ディフューザ下流流路の影響で,ディフューザごとに異なる感度(変形の大きさ)を示している。図19(c)に示す最終形状は,3D-CADベースの試行錯誤では到達困難な,複雑な形状となっており,本アプローチ法の有効性が確認できる。
図18 アドジョイント法
図19 高圧多段ポンプのアドジョイント最適化
本稿を締めくくるにあたり,共に技術開発とその製品応用に取り組んできた同僚の皆さんや,ご指導を頂戴した国内外の先生方に改めて深く感謝の意を表したい。
過去30年を振り返れば,実験・解析・設計最適化技術の発展は目を見張るものがある。ここでは,これら技術の変遷をできるだけ具体的に紹介し,近未来への展望を含め所感を述べてみた。実験・解析・設計最適化に関わる新たな武器を手にして,新しい流体機械装置の創造にチャレンジする若手研究開発者の参考になれば幸いである。
1) Goto, A., “Phase-Locked Measurements of Three-Dimensional Periodic Flow from an Impeller using a Two-Hole Pitot Tube,” The 2nd International Symposium on Fluid Control, Measurements and Visualization (FLUCOME-2), Sheffield (1988).
2) Kuroumaru, M. et al., “Measurement of Three-Dimensional Flow Field Behind an Impeller by Means of Periodic Multi-Sampling with a Slanted Hot Wire,” Bulletin of JSME, Vol.25, No.209 (1982).
3) Goto, A., “Study of Internal Flows in a Mixed-Flow Pump Impeller at Various Tip Clearances Using Three-Dimensional Viscous Flow Computations,” ASME Journal of Turbomachinery, Vol.114 (1992).
4) Goto, A., “The Effect of Tip Leakage Flow on Part-Load Performance of a Mixed-Flow Pump Impeller,” ASME Journal of Turbomachinery, Vol.114 (1992).
5) Goto, A., “Suppression of Mixed-Flow Pump Instability and Surge by the Active Alteration of Impeller Secondary Flows,” ASME Journal of Turbomachinery, Vol.116 (1994).
6) Goto, A., “Numerical and Experimental Study of 3-D Flow Fields within a Diffuser Pump Stage at Off-Design Condition,” The Joint ASME-JSME Fluids Engineering Summer Conference, Hilton Head Islands, FED-Vol.227 (1995).
7) Goto, A., “Flow Phenomena in a Low-Specific-Speed Diffuser Pump at Partial Operating Conditions (Numerical Prediction of Impeller Inlet Recirculation),” Pump Congress, Karlsruhe (1996).
8) Goto, A., Ashihara, K., Sakurai, T., and Saito, S., “Compact Design of Diffuser Pumps using Three-Dimensional Inverse Design Method,” ASME FEDSM99-6847, San Francisco (1999).
9) Suzuki, T. and Takemura, T., “CFD Analysis of Performance of Five-Stage High-Pressure Volute Pump,” ASME FEDSM2016-7799, Washington DC (2016).
10) Kato, C. (Theme Leader), “Next-generation Fluid-Flow Design Systems based on Direct Computation of Turbulence,” Industrial Innovation, Strategic Programs for Innovative Research (SPIRE), (2010-2015).
11) Zangeneh, M., “A Compressible Three-Dimensional Design Method for Radial and Mixed Flow Turbomachinery Blades,” International Journal for Numerical Methods in Fluids, Vol.13 (1991).
12) Zangeneh, M., Goto, A., and Harada, H., “On the Design Criteria for Suppression of Secondary Flows in Centrifugal and Mixed-Flow Impellers,” ASME Journal of Turbomachinery, Vol.120 (1998).
13) Goto, A. and Zangeneh, M., “Hydrodynamic Design of Pump Diffuser Using Inverse Design Method and CFD,” ASME Journal of Fluids Engineering, Vol.124 (2002).
14) Ashihara, K. and Goto, A., “Turbomachinery Blade Design using 3D Inverse Design Method, CFD and Optimization Algorithm,” ASME Turbo Expo (2001).
15) Takayama, Y. and Watanabe, H., “Multi-Objective Design Optimization of a Mixed-flow Pump,” ASME FEDSM2009-78348, Vail (2009).
16) 香川修作,他6名,“産業用立軸ポンプへの形態最適化設計適用”,日本機械学会2016年度年次大会講演論文集,J1030304(2016).
17) TURBOdesign Shaper, Advanced Design Technology, Ltd.
18) Sekino, Y., et al., “Optimization of High Pressure Pump Flow Passages based on Adjoint and CFD,”ASME FEDSM2016-7831, Washington DC (2016).
藤沢工場ものづくり50年の歴史
1966年頃の藤沢工場
縁の下の力持ち 高圧ポンプ -活躍場所編ー
100万kW火力発電所内で活躍する50%容量ボイラ給水ポンプ
RO方式海水淡水化用大容量、超高効率高圧ポンプの納入
長段間流路内の流線と後段羽根車入口の流速分布
縁の下の力持ち ドライ真空ポンプ -真空と真空技術の利用ー
真空の領域と用途例
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