八鍬 浩* Hiroshi YAKUWA
野口 学** Manabu NOGUCHI
*
技術・研究開発統括部 基盤技術研究室
**
荏原環境プラント(株)
本報では,高温腐食基礎講座の2報目として,高温腐食を防止するための基本的な考え方と,防食法としてのコーティングについて概説した。耐高温腐食性を維持するには,保護性酸化皮膜をいかに安定に合金表面に形成し,維持するかがポイントとなる。保護性酸化皮膜の形成/維持に大きな影響を与える材料側因子として,ステンレス鋼を例に,合金組成,合金組織の影響,及び酸化皮膜の密着性について述べ,環境側因子として,ガス雰囲気,温度,及びガス流れの影響について述べた。また,環境機器/エネルギー機器によく利用されるコーティングとして,主に拡散処理法と溶射法について概説した。
As the 2nd issue of the “Lecture on fundamental aspects of high temperature corrosion and its protection,” this paper outlines the basic approach for preventing corrosion at high temperature, and the use of coatings as a corrosion protection measure. Maintaining high-temperature corrosion resistance requires stable formation and maintenance of a protective oxide scale on the surface of an alloy. As material factors having a large impact on the formation and maintenance of a protective oxide scale, the paper discusses adhesiveness of oxide scales as well as composition and structure of the alloy, taking stainless steel as an example. As environmental factors, it discusses the impact of gas atmosphere, temperature, and gas flow. Lastly the paper describes diffusion coating and thermal spraying as coating methods popularly used for environmental and energy devices or systems.
Keywords: High temperature corrosion, High temperature oxidation, Corrosion protection, Coatings, Diffusion coating, Thermal spray, Oxide scale, Heat resistant alloy, Micro structure, Rare earth element
第1報では,高温酸化を中心に,高温腐食に重要な基礎理論について述べた。第1報で述べたように,特に実用金属材料の場合,その耐高温酸化(腐食)性は,表面に形成される酸化皮膜の安定性によって決まることが多い。逆に言うと,表面に安定な酸化皮膜を形成させ,それを維持することが防食法の基本になる。実環境において安定な皮膜が維持されるかどうかは,熱力学的及び速度論的な検討に加え,機械的な要因や運転履歴など,様々な因子を考慮する必要がある。
本報では,高温腐食防食の基本となる材料基材の因子と,実際の防食法としてしばしば利用されるコーティングについて述べ,さらに環境因子の制御について述べる。
第1報で述べたとおり,実用金属材料の保護性皮膜として利用される主な酸化物は,Cr2O3,Al2O3,SiO2の3種類である。これは,図2-1 1)に示すように,これらの放物線速度定数が他の酸化物のそれと比較して小さいことからも分かる。これらの保護性皮膜を材料表面に均一に形成することで,腐食速度を低減する,すなわち防食することが可能となる。したがって,当該環境において,これらの酸化皮膜を合金表面に安定に形成し,かつ長時間維持できるような組成を有する合金が,耐高温腐食性に優れた合金ということになる。代表的な耐熱合金であるステンレス鋼(Fe-Cr(-Ni)系合金)の耐高温腐食性は,合金表面にCr2O3の連続皮膜が形成されることで達成される。保護性酸化皮膜が連続して存在する条件は,Wagner 2)によって与えられている。それをFe-Cr(-Ni)合金に対して適用すると,Cr2O3が連続皮膜として形成され,かつ維持されるか否かは,基本的には,合金/Cr2O3皮膜の界面へ合金内部から供給されるCr量(J Cr )が,Cr2O3から外方へ拡散していくCr量(J’ Cr )よりも大きい場合(J Cr >J’ Cr )である(図2-2 3))。J Cr が最も大きくなる条件は,合金中のCr濃度勾配が最大になったとき,すなわち,合金/Cr2O3皮膜界面のCr濃度が0になったときであり,そのときのJ Cr とJ’ Cr との比較から,保護性Cr2O3皮膜が安定に存在する条件として,
が導き出される。ここで,N0
Crは合金のバルクにおけるCrのモル分率,16は酸素の原子量,ZCrは酸化物中のCrの価数,Cは単位体積当たりのCrの物質量(モル),kp
は放物線速度定数,Dは合金中のCrの相互拡散係数である。
したがって,kp
が小さく(酸化皮膜の成長速度が小さく),Dが大きい(合金中からCrが皮膜に供給されやすい)と,Cr2O3皮膜を維持できることになる。逆にJ’Cr>JCrとなった場合は,合金/Cr2O3皮膜界面に供給されるCrが不足するため,Cr以外の元素(ステンレス鋼の場合はFeやNiなど)が酸化してCr2O3の保護性皮膜が維持できなくなる。保護性皮膜の形成に必要なCr含有量は,基材にも依存する。図2-3 4)は,Fe-Cr,Ni-Cr,Co-Cr合金の1000 ℃における放物線速度定数に及ぼすCr含有量の影響を示したものである。放物線速度定数が低下するCr含有量は,Fe-Cr合金と Ni-Cr合金で小さく,Co-Cr合金で最も大きいことが分かる。すなわち,耐高温腐食性を維持するために,実用耐熱合金の中ではCo基合金が最も多くのCrを必要とする。これらの差異は,各種合金中の相互拡散係数や酸素の合金への溶解度の差異によって生じる。
Al2O3やSiO2は,Cr2O3と比較して放物線速度定数が小さいので,より少ない濃度で連続皮膜を形成することが期待できる。Al2O3はガスタービン材料など約900 ℃以上で,SiO2は更に高温域である約1400 ℃以上での耐食性皮膜として利用される。
図2-1 各種酸化物の放物線速度定数<sup>1)</sup>
図2-2 表面酸化皮膜が安定に存在する条件<sup>3)</sup>
図2-3 Fe-Cr,Ni-Cr,Co-Cr合金の放物線速度定数に及ぼす Cr含有量の影響(1000 ℃,空気あるいは酸素中)<sup>4)</sup>
先に述べたとおり,酸化皮膜の成長速度が小さく合金中から皮膜にCrが供給されやすい合金はCr2O3皮膜を維持しやすい。Crの合金表面への供給には,合金中のCr濃度だけでなく,合金組織が大きな影響を与える。図2-4に,Fe-(22~25)Cr-(10~40)Ni合金を800 ℃のAr-H2-H2O雰囲気(P02=1.2×10−19 atm)で酸化したときの質量増を示す。これから,合金中のCr量が等しい場合,Niを20 mass%以上含む合金では,Ni含有量と共に質量増が減少している様子が分かる(耐酸化性が向上する)。これは,図2-3にも見られるNi-Cr合金の方がFe-Cr合金よりも耐酸化性が良いという点で定性的に一致する。一方,Ni量が少ないFe-10Ni-22Cr合金とFe-10Ni-25Cr合金では,それぞれFe-20Ni-22Cr合金及びFe-20Ni-25Cr合金と比較して質量増が小さい(耐酸化性が良好である)様子が分かる。図2-5に,酸化後のFe-25Cr-(10~40)Ni合金の断面組織を示す。これから,Fe-25Cr-(20~40)Ni合金はオーステナイト単相であるが,Fe-25Cr-10Ni合金はフェライト相(α)/オーステナイト相(γ)二相組織を有することが分かる。フェライト相中のCrの拡散係数は,オーステナイト相中のそれと比較して大きい 5)ことから,フェライト相から合金表面へのCr供給が多く,表面に保護性皮膜を形成できるため,このような耐酸化性の差異が生じたものと考えられる。
図2-4 Fe-(22~25)Cr-(10~40)Ni合金の水蒸気酸化に及ぼす Ni含有量の影響(Ar-H<sub>2</sub>-H<sub>2</sub>O中(P<sub>O2</sub>=1.2×10<sup>−19</sup>atm), 800 ℃,446 h)
図2-5 Fe-25Cr-(10~40)Ni合金の水蒸気酸化に及ぼす 組織の影響(Ar-H<sub>2</sub>-H<sub>2</sub>O中(P<sub>O2</sub>=1.2×10<sup>−19</sup> atm), 800 ℃,446 h)
もう一つ合金表面へのCr供給に大きな影響を与える因子として重要なものに,結晶粒界がある。図2-6は,SUS304鋼表面に生成した水蒸気酸化スケールの断面組織である。径の大きな結晶粒の表面には厚い二層スケールが生成しているのに対し,結晶粒界が密集している箇所の表面の酸化スケールは薄いことが分かる。これは,粒界拡散速度が体拡散速度よりも大きいため,粒界を通した合金表面へのCr拡散が促進されたことによる。したがって,結晶粒界を多くする(結晶粒径を小さくする)と,合金表面へのCr供給が促進されてCr2O3皮膜が維持されやすくなる。図2-7 6)は,オーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性に及ぼす結晶粒度の影響を示したものである。結晶粒度番号が大きい(結晶粒径が小さい) 方が,質量減が少ない(耐酸化性が良好である)ことが分かる。また,ショットブラストなどによって表面に冷間加工を施すことでCrの合金表面への拡散が促進されて耐酸化性が向上する 7)~10)ことが知られているが,加工後に熱処理を加える場合は,条件によってはその効果 が失われることもあるので注意を要する。
図2-6 SUS304鋼の水蒸気酸化スケール
図2-7 オーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性に及ぼす 結晶粒度の影響<sup>6)</sup>
実用合金においては,製造方法,熱処理条件などによって,複雑な組織を示すことが多い。図2-8に,溶接した圧延材と砂型鋳造材及び遠心鋳造材のミクロ組織の例を示す。圧延材は結晶粒径がほぼそろっているが,溶接部は凝固組織となる。また,鋳造材は,合金組成によっては複雑な析出層を伴った組織となる。図2-8(c)に見られるとおり析出した耐食性に劣る相が優先的に腐食する場合があり,これらミクロ組織の違いは,腐食挙動に少なからず影響を与える。したがって,実用合金では,化学組成だけでなく,金属組織に留意して腐食挙動を考えるとともに,防食対策を講じる必要がある。
図2-8 製造方法によるミクロ組織の違い
保護性皮膜の形成及び維持には,合金組成と合金組織が重要であることを述べた。さらに,長時間にわたって耐高温腐食性を維持するためには,材料表面に形成される保護性酸化皮膜(Cr2O3,Al2O3,SiO2)が基材に密着している必要がある。保護性酸化物が基材から剥離すると,基材が環境に直接暴露されることとなり,大きな腐食速度で腐食が進行するため,良好な耐高温腐食性を保つことができなくなってしまう。酸化皮膜の密着性に影響を与える因子として,第1報において,基材/酸化皮膜界面に発生する熱応力について述べた。その際に酸化皮膜の剥離可能性を判断する指標としてPilling-Bedworth比(PBR)についても述べた。一方,これら熱応力による酸化皮膜の剥離を抑制する方法として,Y,La,Hf,Zrなどの希土類元素が効果的であることが知られている 11)~14)。図2-9に,Al拡散処理を施したUNS N06002合金(Ni-22Cr-18Fe-9Mo合金)に対し,表面からZrを少量添加した試料と添加していない試料とを,大気中で1100 ℃−室温の繰り返し酸化した際の質量変化を示す。Zrを添加していない試料は,最初は酸化による質量増加を示すが,2回目の冷却からは酸化物の剥離によって質量減に転じ,その後は質量が減少し続けることが分かる。一方,Zrを添加した試料は,23サイクル/750時間の繰り返し酸化においても質量が増加し続けることから,酸化皮膜の密着性が良好であることが分かる。希土類元素の添加によって耐高温酸化性が改善されるメカニズムとしては,酸化皮膜中あるいは合金中の拡散速度に影響を与える 15),16),あるいは,くさび止め効果 17),18)や合金/酸化物界面におけるボイド形成の抑制 19),20)などによって酸化皮膜の密着性が改善される,という報告がなされている。実用合金としても,これら希土類が添加された材料を入手可能である(表2-1)
図2-9 Al拡散処理を施したUNS N06002合金の1100 ℃−室温 繰り返し酸化挙動に及ぼすZr添加の影響
Fe | Ni | Co | Cr | Al | C | RE | Others | |
Alloy 556(UNS R30556) | bal. | 20 | 18 | 22 | 0.2 | 0.1 | La=0.02 | Mo=3, W=2.5, Ta |
Alloy 230(UNS N06230) | 3 | bal. | 5 | 22 | − | 0.1 | La=0.02 | W=14 |
Alloy 214(UNS N07214) | 3 | bal. | 5 | 16 | 4.5 | 0.05 | Y=0.01 | Zr, B |
Alloy 188(UNS R30188) | 3 | 22 | bal. | 22 | − | 0.1 | La=0.03 | W=14 |
先に述べたとおり,合金材料に耐高温腐食性を付与するには,合金中に十分な濃度のCrあるいはAl,Siを添加する必要がある。しかしながら,これらの元素は必ずしも実用材料として必要な高温強度や加工性,溶接性などの特性に対しても有用とは限らない。むしろ,これらの特性を劣化させることが多い。そこで,強度などの特性は合金基材にもたせ耐高温腐食性を合金表面にもたせる方法として,コーティングが利用される。一般に,コーティングは保護性皮膜であるCr2O3あるいはAl2O3,SiO2そのものを合金基材表面に被覆するのではなく,十分な濃度のCrあるいはAl,Siを含有した合金層をコーティングする。そうすることで,使用中に,コーティング表面に保護性皮膜であるCr2O3あるいはAl2O3,SiO2を生成させることができる。これらの保護性皮膜の維持には,2-1節で述べたとおり,合金層/酸化皮膜界面へ合金層内部から供給されるM量(JM,MはCr,AlあるいはSi)が,保護性皮膜から外方へ拡散していくM量(J’M)よりも大きいことが必要となる。コーティングの場合は,更にコーティングと合金基材間でも拡散や化学反応が生じるため,長期間使用すると,コーティング中のMが基材に拡散して枯渇したり,あるいはコーティング/基材界面に拡散速度の差に起因するボイド(カーケンダールボイド)を生成する場合がある。コーティング中のMの枯渇は,表面の保護性皮膜の維持に支障を来すおそれがあり,一方,ボイド生成はコーティング層の密着性低下を招く可能性がある。これらを防ぐため,コーティングと合金基材の間にReを含有するバリア層を設ける「拡散バリアコーティングシステム(DBC system)」も提案されている 24)。
表2-2に,代表的な耐高温腐食用コーティングを示す。それぞれ利点と欠点があり,使用環境や基材の種類,要求特性に合わせてコーティング方法及び材料を選定する必要がある。ここでは,しばしば使われる拡散浸透法と溶射法,及び複合処理法について述べる。
方法 | 被覆材 | 利点 | 欠点 |
拡散浸透法(パック法,塗布法) | Cr,Al,Si,Cr-Al,Cr-Si,Al-Siなど | ・拡散層の形成によって基材との密着性が良好なため,剥離しにくい。 | ・処理できる元素が限られている。 ・膜厚及び濃度制御が難しい。 ・基材全体を炉内で処理するため,被処理体の大きさによっては大きな炉が必要になり,かつ被処理体の変形などが問題になる場合もある。 |
溶射法 | MCrAlX(M:Co,Ni,Fe X:Y,Hf,Zrなど), Ni-Cr,Ni-Cr-Alなど,セラミックス |
・様々な種類の合金皮膜やセラミックスを成膜可能。 ・成膜速度が大きい。 |
・皮膜が多孔質である。 ・溶射法によっては皮膜の密着性があまり良くなく剥離しやすい場合がある。 注)緻密な皮膜を得るために自溶合金を用いることもある。 |
肉盛溶接 | Ni基,Co基,Fe基耐熱合金など | ・厚膜を施工できる。 ・緻密で気孔の少ない皮膜を形成できる。 ・基材との密着性が良い皮膜を形成できる。 |
・入熱が大きいために,基材の変形や硬化を防止するため予熱や後熱処理が必要となる場合がある。 ・薄い皮膜を形成しにくい。 |
電子ビーム物理蒸着(EB-PVD) | セラミックス (YSZなどの熱遮蔽コーティング) |
・融点が3000 ℃近いセラミックスも蒸着が可能。 ・組織をナノオーダで制御可能。 ・従来の蒸着法と比較して成膜速度が著しく大きい。 ・柱状組織になるため皮膜が耐熱衝撃性に優れる。 |
・装置が著しく高価なため,付加価値のあまり高くない一般産業用には不利。ジェットエンジンなどの高付加価値の製品に限って適用されている。 ・柱状組織になるため熱遮蔽性の面では溶射皮膜に劣る。 |
複合処理 (めっき+拡散処理,溶射+拡散処理) |
Ptめっき+Al拡散処理,NiCr溶射+Al拡散処理 | ・拡散処理を施すことで,各コーティングの欠点を補い新しい機能を付与することができる。 | ・二段階プロセスのため工数がかかる。 |
拡散浸透法は,雰囲気から他の元素を拡散させて,拡散させた元素の合金層を母材表面に形成することで,材料に耐食性や耐摩耗性などの機能を付与する表面改質法である。母材表面に合金層を形成するためには,拡散する元素が,母材に対してある程度の溶解度を有して,母材中に拡散していく必要がある。そのため,あらゆる母材に対して,全ての元素を拡散浸透させることができるわけではなく,適切な組合せが存在する。通常,鉄鋼材料に対しては,耐高温腐食性コーティングとして有効な元素として知られるCr,Al及びSiは,拡散浸透処理が可能とされている。
主な拡散浸透処理法として,粉末パック法(パックセメンテーション)と塗布法が知られている。図2-10に,粉末パック法の模式図を示す。粉末パック法では,拡散させる金属とハロゲン化物及び焼結防止剤を混合した粉末中に,処理する母材を埋没させて高温下で処理する。
Fe及び Niに対するCrの拡散処理における析出反応については原田ら 25)によって詳細な検討がなされている。それによれば,母材金属表面におけるCrの析出反応として,交換反応,水素還元反応及び熱分解反応が考えられる。そのうち,CrCl2の熱分解によって生じるCr析出率は1000 ℃でも3.85×10−10% 25)であることから,熱分解によるCr析出は期待できない。それに対し,交換反応によるCrの析出率は図2-11 25)のようになる。すなわち,Fe表面では,%オーダでの析出が期待できるのに対し,Ni表面では100 ppm未満であり,Niに対しては交換反応によるCr析出は期待できない。一方,水素還元反応では,図2-12 25)に示すように,比較的低い温度域でも%オーダの析出率が期待できるため,Feに対しては交換反応と水素還元反応の両方が,Niに対しては水素還元反応が主たるCr析出反応であると考えられる。したがって,NiあるいはNi基合金に対して十分なCr拡散浸透層を得るには,水素ガス雰囲気中で処理することが必要となる。図2-13 26)は,UNSN07001合金(Ni-20Cr-13Co-4Mo合金)の表面に粉末パック法によって形成したCr拡散浸透層の断面である。表面に約10μmのCr析出層と,その直下に約5μmのCr拡散層が存在することが分かる。表面の析出層と拡散層の厚さは,パック剤の組成,処理温度,処理時間,及びキャリアガス(H2)添加率によって変化する。
図2-10 拡散処理法(粉末パック法)の模式図
図2-11 交換反応によるFe及びNi表面でのCr析出率<sup>25)</sup>
図2-12 水素還元反応によるCr析出率<sup>25)</sup> (mはCrCl2の物質量に対する比率)
図2-13 UNS N07001(Ni-20Cr-13Co-4Mo合金)表面に形成した Cr拡散浸透処理層<sup>26)</sup>
溶射法は,金属やセラミックスを溶融あるいは半溶融 状態に加熱して高速で吹き付けて積層して皮膜を形成する方法である 27)。図2-14に代表的な溶射法である高速フレーム溶射(HVOF:High Velocity Oxy-Fuel)の模式図を示す。溶射法は,ガスタービンやジェットエンジンの熱遮蔽コーティング(TBC:Thermal Barrier Coating)や,廃棄物発電の伝熱管などに適用されている。拡散処理法と異なり,施工できる材料の制約が少なく,また,成膜速度が大きいため比較的厚膜(100~500μm)を短時間で成膜できるメリットがある。一方,本質的に皮膜中に気孔が存在するため,腐食性成分が気孔を通して基材表面に達し,基材を腐食させる可能性があることに注意を要する。
溶射法には,熱源の種類から,ガス式と電気式があり, 前者にはフレーム溶射やHVOFが,後者にはアーク溶射やプラズマ溶射などがある。代表的な溶射法の主な特徴を表2-3にまとめる。粒子速度や熱源温度などは,文献や施工メーカによって公表されている値が異なるので,あくまで目安としての値である。発電用ボイラ伝熱管などの高温腐食対策として,大気プラズマ法によるNi-Cr合金溶射などが使用されることが多いが,気孔率を低減する目的で,減圧プラズマ法やHVOFが用いられることもある。また,溶融塩を生成する場合や,ボイラ管など環境側の温度が高く基材側の温度が低い場合などは,皮膜内部において,腐食性物質の濃縮や,凝縮相の生成などが起こりやすいため,気孔が腐食促進に大きな役割を演じることがある。そのような場合,気孔率をできるだけ低くするため,自溶合金を用いたり,あるいは溶射後更にAlなどの低融点金属を溶射して封孔処理をすることがある。自溶合金は,溶射材にB やSiが含有されており,溶射後に約1000 ℃以上に加熱溶融することによって,気孔をなくすことができるため,緻密な皮膜を得ることが可能である。自溶合金には,Ni基合金とCo基合金がある。Bは,NiやCo及びSiと結合して金属間化合物となり,皮膜を硬化させるとともに,融点を低下させることで溶融を促進する効果がある。耐高温腐食性に加えて耐スラリーエロージョン性を付与したい場合には,Cr炭化物系サーメットをHVOFで施工することが多い。
近年,溶射法は,新しい溶射ガンや溶射材料の開発が急速に進み,より高性能な皮膜を得ることが可能となっており,耐高温腐食用コーティングとして有効な手段と言える。一方,同じプロセスであっても,使用するガンの種類や施工条件によって皮膜特性が著しく異なることがあるため,実機への適用の際には,実際に使用する施工法と皮膜について,基本的特性を評価しておくことが重要である。
図2-14 高速フレーム溶射(HVOF)の模式図
熱源 | 方法 | 粒子速度 | 熱源温度 | 溶射材料 | 密着力(MPa) | 気孔率(%) | 特徴 |
ガス式 | フレーム溶射 | 比較的遅い (200 m/s前後) |
比較的低い (2000 ℃前後) |
金属, 酸化物 |
20~40 | 10~20 | ・酸素とアセチレンを熱源とした燃焼炎中に溶射材料を連続供給して溶融させた溶射粒子を,圧縮空気で溶射することで成膜。 |
高速フレーム溶射(HVOF) | 速い (700 m/s前後) |
比較的低い (2000 ℃前後) |
金属, サーメット |
70以上 | 1~5 | ・音速を超える高速で溶射粒子を基材表面に衝突させるため,密着性が良く緻密な皮膜が得られる。 | |
電気式 | アーク溶射 | 中程度 (300 m/s前後) |
中程度~比較的高い (5000 ℃前後) |
金属 | 20~40 | 10~20 | ・2本の金属ワイヤ間でアーク放電させ,そのときの放電エネルギーでワイヤを溶融させる。 ・単位時間当たりの溶射成膜量が大きい。 ・溶射材料は電気伝導性の材料に限定。 |
大気プラズマ溶射 | 比較的速い (500 m/s前後) |
高い (5000~ 10000 ℃) |
金属, セラミックス, サーメット |
20~70 | 1~20 | ・Arなどのガス中で,アーク放電によって高温高速のプラズマジェットを形成して溶射材料の溶融と加速を行う。 ・高融点の金属,サーメット,セラミックスなど,ほとんどの材料を溶射可能。 |
|
減圧プラズマ溶射 | 比較的速い (500 m/s前後) |
高い (5000~ 10000 ℃) |
金属, セラミックス, サーメット |
70以上 | 1~5 | ・減圧下で不活性ガスをパージして雰囲気制御したチャンバー内で施工するため,溶射材料の特性を損なうことなく施工可能。 ・Tiなどの活性金属の成膜が可能。 ・皮膜の密着性が良い。 |
溶射皮膜やめっきは,成膜プロセス上,本質的に基材 と皮膜の間で拡散反応や化学反応を伴わないため,拡散 処理法と比較して皮膜の密着性が低いという欠点がある。また,溶射皮膜は必ず気孔が存在するため,腐食性物質が合金基材表面に達しやすいということがある。それらの欠点を補うために,溶射あるいはめっきと拡散浸透処理を組み合わせた複合処理法 29)~31)が開発されている。PtあるいはRhを電気めっきした後にAl拡散浸透処理を施す方法は,単なるAl拡散浸透処理よりも耐高温酸化性改善効果が大きく,古くからジェットエンジン部材に適用されている。また,Ni-40Cr合金にNiめっきを施した後Al拡散処理を施すことで,Ni-Alコーティング層と基材との間にコーティング/基材間の拡散バリアとなるα-Cr層を形成する方法 32)や,TiAl合金にNiめっきを施した後Al拡散処理を施してUp-hill diffusion現象を利用することで,最表面よりも合金側にAl濃度の高い層を形成して長時間にわたりTi合金の耐高温酸化性を向上させる方法 33)なども開発されている。これらのように,複合処理は,単一の方法では達成できない高機能のコーティングを得る方法として,今後の更なる研究開発が期待される。
第3章までは,材料側からの防食の考え方と実際の対策としてのコーティングについて記したが,腐食挙動は材料因子だけでなく,環境因子との相互作用によって決定される。ここでは,環境側因子の制御による防食の可能性について触れておく。
例えば酸化を抑制するには,動力学的には酸素分圧を下げることが考えられる。しかしながら,酸素分圧が低いからと言って,酸素分圧の高い環境よりも腐食が軽減されるとは限らないケースが多々ある。図2-15は,800 ℃-250 ℃の熱サイクル下の大気中(PO2=10−0.7 atm)とN2-H2-H2O混合雰囲気中(PO2=10−17.0 atm)で144 h酸化したFe-19Cr-10Niモデル合金の断面写真である。大気中では,数ミクロンの均一な酸化皮膜が生成しているのに対し,N2-H2-H2O混合雰囲気中では,100μm程度の厚い二層スケールを生成していることが分かる。腐食反応としては酸化であるので,酸素分圧は重要な因子であるが,その他の因子(この場合はH2やH2Oの挙動)がスケール性状や物質移動に影響を与えることで,より厳しい腐食環境となる場合がある。このような現象は,SO2やCO2などの複酸化剤ガスの場合でも見られる。SO2の場合,平衡状態では,酸素分圧が高く酸化物が安定であっても,
となり,局所的にPS2が上昇して硫化物を生成するため, 硫化物が混在した皮膜となり,純粋な酸化物よりも保護性の低い皮膜が形成されることとなる。したがって,酸素以外の酸化剤はできるだけ排除することが望ましい。 一般的な耐熱合金は保護性酸化皮膜を形成するように合金設計されているため,安定な酸化物が形成されるガス 雰囲気に制御することが腐食を抑制することにつながる場合が多い。
図2-15 Fe-19Cr-10Ni合金に生成した酸化皮膜(800 ℃-250 ℃熱サイクル下,144 h)
腐食反応は熱活性化反応であるため,基本的に反応速度が温度に対して指数関数的に変化する。これは化学反応の反応速度と温度を関係づけるArrheniusの式
からも推測できる。ここで,kは反応速度,Aは頻度因子,Qは活性化エネルギー,Rは気体定数,Tは絶対温度である。Arrheniusの式は,両辺の対数をとると
と表せるため,図2-16のように絶対温度の逆数に対して各温度における反応速度の対数をプロットすることで活性化エネルギーを見積もることもできる。活性化エネルギーが大きな反応ほど,温度を低下させた場合の腐食軽減効果が大きくなる。ガスタービン翼のTBCは,セラミックス熱遮蔽層を表面に被覆することで,合金表面の温度を低下させて腐食を抑制している。一方,ボイラ管などは,管外面から内面に向かって温度勾配が形成される。管外表面温度を下げると腐食は軽減されることになるが,廃棄物焼却ボイラなど,管外側の高温ガス雰囲気中に塩化物などの低融点化合物を含む場合,かえって管外表面への低融点凝縮層形成を助長し,結果として腐食を助長してしまう場合もあるので注意を要する。
図2-16 アレニウスプロットの模式図
ガス流速が大きい場合やガスに偏流がある場合,保護性皮膜を剥離させたり,局部的な腐食を発生させたりして,腐食を助長することがある。できるだけガス流速を下げ,高流速部にはプロテクタを装着するなどして,直接高流速のガスが部材に当たらないようにするとよい。
また,部材表面の付着物を除去する目的で利用されるスートブローなどでは,表面に形成されている保護性酸化皮膜に熱衝撃を与えて剥離を誘発し,腐食を助長してしまうことがある。さらに,起動停止時の急熱急冷も,酸化皮膜の剥離を助長するので,極力避けることが望ましい。その他,廃棄物焼却炉などでは,運転時に形成された部材表面の酸化皮膜に塩化物を含有していることが 多いため,プラント停止中に皮膜が吸湿して塩酸などの腐食性溶液が生成し,プラント停止中に腐食が進行する場合(ダウン タイム コロージョン)もある。
以上のように,耐高温腐食性は,合金表面に形成される酸化皮膜の安定性によって決まることが多いため,保護性酸化皮膜の維持を妨げるような因子は,極力取り除くことが望ましい。
本報では,高温腐食の防止法として,いくつかの重要な材料因子について述べ,代表的な耐高温腐食コーティングについて紹介した。防食で重要なのは,腐食のメカニズムを理解した上で適切な対策をとることである。また,高温材料の特徴として,時間とともに材料特性が変化していくことを加味する必要がある。したがって,コーティングも,高温下で使用されている間に,環境及び基材との間で反応が進み,特性が変化することを知っておく必要がある。第1報と第2報とで,高温腐食の基礎と防食法について概説した。次報からは,当社で経験した具体的な高温腐食事例とその対策について解説する。
1) 西田恵三,成田敏夫共訳:“金属の高温酸化入門”,丸善,p57,(1988).
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藤沢工場ものづくり50年の歴史
1966年頃の藤沢工場
縁の下の力持ち 高圧ポンプ -活躍場所編ー
100万kW火力発電所内で活躍する50%容量ボイラ給水ポンプ
RO方式海水淡水化用大容量、超高効率高圧ポンプの納入
長段間流路内の流線と後段羽根車入口の流速分布
縁の下の力持ち ドライ真空ポンプ -真空と真空技術の利用ー
真空の領域と用途例
座談会 エバラの研究体制
座談会(檜山さん、曽布川さん、後藤さん)
縁の下の力持ち 標準ポンプ -暮らしを支えるポンプー
標準ポンプの製品例
座談会 未来に向け変貌する環境事業カンパニー
座談会(三好さん、佐藤さん、石宇さん、足立さん)
世界市場向け片吸込単段渦巻ポンプGSO型
GSO型カットモデル
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