VR(仮想現実)やAR(拡張現実)、さらにはそれらを組み合わせたMR(複合現実)といった技術が進化しています。これらは総称して“xR”と呼ばれており、荏原ではxRの技術を研究・開発し、事業や業務に取り入れて高度化を図っています。
これらの取り組みは、既に荏原の半導体製造で使われる「CMP装置」で、これを扱うエンジニア向けのトレーニングにxRが活用されています。これまでに社内外のエンジニアに対して装置トレーニングを実施してきました。従来は実機を使い、対面形式で行ってきましたが、新たにxRを使ったトレーニングプログラムを開発したことで、リアルをデジタルに置き換えるのではなく、デジタルならではの良さを生かした形を追究しています。
事業部と研究開発部門がタッグを組んで進めてきた取り組みであり、トレーニングに使うx R開発の内製化も実現。中心となって進めてきた精密・電子カンパニー 装置事業部 サービス&サポート部 トレーニング課の三浦誠士と、コーポレート 技術・研究開発・知的財産統括部 戦略技術研究部 xR技術推進課の脇山武志が、xR開発の裏側とその良さ、今後の可能性を語りました。
<br>三浦:私は長年、国内外のお客さまや荏原の関連会社のエンジニア向けに装置トレーニングを行ってきましたが、コロナ禍で人の往来が難しくなり、従来の対面方式ではなく、リモートでのトレーニングを実施する必要が出てきました。情報や知識を伝える座学的な内容についての、リモートへの切り替えはそれほど難しくはありませんでしたが、悩ましかったのは実技、つまり実機を使って実際に操作しながら学ぶトレーニングです。
リモート環境でどのように実技を補完すれば良いのか、その方法を模索しているところで脇山さんの所属するxR技術推進課から話を聞いたのが始まりでした。
三浦 誠士 精密・電子カンパニー 事業統括責任者 装置事業部 サービス&サポート部 トレーニング課
脇山:私たちの組織ではxRの研究開発を行ってきました。たとえばVRの技術を使い、メタバース(デジタル上に作った仮想空間)でショールームを構築して新製品発表会を行うなどの取り組みも実施しています。
xRの技術を開発・研究することは大事ですが、それだけでは利益を生みません。技術を荏原の事業に活かすことが大事であり、装置トレーニングはそれに当てはまるものでした。具体的には、CADデータを使って実機をVRやARなどで表現し、シミュレーションしながら操作を学んでいきます。まずサンプルを作り、みんなで意見を出しながら改善を繰り返していきました。
三浦:トレーニングのプログラムは、装置の種類や内容に合わせて用意されており、すべて合わせると250本ほどにのぼります。今は月1本を目標にこれらのプログラムの“xR版”を作っていますね。
xR技術推進課は、すでにさまざまな技術や研究成果を先行で蓄積していましたが、それをただ装置トレーニングに当てはめるのではなく、私たちトレーナー側の意見を聞きながらお互いの知見や技術を合わせて運用できていると感じますね。事業部門と研究開発部門が文字通りタッグを組んでできた事例だと思っています。
三浦:初めは外部に開発を依頼しましたが、現在は内製化しています。理由として、やはりクオリティーの高いものを作りたかったという考えがありました。xRのトレーニングはどれだけ本物に近づけられるか、リアルに寄せられるかがポイントで、仮に実機を知らない外部の方に操作感や装置の動きを口頭で説明しても限界があるでしょう。
その点、脇山さんはもともとCMP装置の制御チームに在籍していたので、実機の知識はもちろん豊富ですし、こちらが大まかなイメージを伝えればくみ取ってくれます。しかも、社内にいるので必要なときにサッと話すことができる。逆にいろいろな要望を出し過ぎてしまい、大変な思いをさせていますが。
脇山:CMP装置の制御を5年ほど担当しており、その後にxR技術推進課に来ました。当時からxRに携わりたいという思いがあり、自分で志願して今の部署に異動しました。やりたいことにチャレンジさせてくれた当時の上司や会社にも感謝していますし、その分、きちんとした成果を出さなければという責任感もあります。
<br><br>脇山:xRはゲームやエンターテイメントの世界で火がつきましたが、製造業や産業界での活用はまだ少なく、情報もあまり出ていません。その中で、3Dゲームなどに使われている技術やシステムの中から使えそうなエッセンスを抽出し、今回のトレーニングプログラムに応用していった形です。私自身、エンジニアとして3Dゲームに携わっていたこともありますし、いろいろな業界を渡り歩いてきた経験があります。そういう自分の引き出しと、世の中の新しい情報を組み合わせながら作っていきました。
脇山 武志 技術・研究開発・知的財産統括部 戦略技術研究部 xR技術推進課
三浦:私はプログラミングの知識はないので、「こういうことができたらいいよね」「こういうトレーニングをxRで作ってみたいよね」という想いを伝えて、その要求にいつも答えてもらっています。彼なら何とかしてくれるんじゃないかと思いすぎている節もありますが、実際にいつも助けられていますね。
三浦:このトレーニングを受けた方は確実に技術や知識を習得していますし、一定の効果があると感じています。そのほか、社内の他部署からの問い合わせも増えてきました。「誰が作ったの?」と聞かれることも多いので、脇山さんの名前を勝手に紹介しています。他の部署でも同じようにxRを使ったプロジェクトが広がっていくかもしれません。
三浦:「そんなものでは身につかない」「実機を使わないトレーニングは意味がない」という否定の声が一定数あるのは事実です。そういった考えをどう変えていくかが大きな課題であり、逆に大きなモチベーションアップとなっています。
xRを使ったトレーニングが実機を超えるとはもちろん思っていません。しかし、xRにはリアルにない良さがあるのも事実です。たとえば実機の場合、稼働中の装置の内部を見ることはできません。しかしバーチャル空間なら装置を半透明にして内部でどんな動きをしているか見せることもできます。
これはCMP装置だけでなく、たとえばポンプでも、今まで内部の水の動きを知るにはログという数字のデータで情報を得ていました。しかし、その数字をもとに水の動きをデジタルでシミュレーションし、同じようにVRで再現したポンプを半透明にして、内部の水の動きを見ることもできるかもしれません。
脇山:極端な例を挙げれば、トレーニングに参加する人間のサイズを実際の10分の1️程度にして、装置の内部に入り、構造を隅々まで確認するといったことも可能です。アイデア次第でいろいろなトレーニングができるのはxRの良さですよね。
三浦:実機と違って装置の数に制限がないので、同時にたくさんの人がトレーニングできますし、ほかの人が操作している様子も同じ視点で見られます。そのほか、脇山さんの作るプログラムはゲーム的な演出やエフェクトが散りばめられていて、デジタルならではの楽しさを味わえます。
一方で、実機でしか味わえない「緊張感」や「微細な作業の感覚」も大切にしなければなりません。リアルとデジタル、どちらかひとつで完結させるという話ではなく、2つの良い部分を融合させていくものだと思いますし、実機のトレーニングとともに、1つのオプションとして多くの方に認めていただけたらと考えています。
脇山:xRトレーニングのネットワークプレイができれば面白いと考えています。ゲームの世界では「MMORPG」といって、多人数のプレイヤーが同じバーチャル世界に入りロールプレイングゲームを行うものがあります。この仕組みをxRトレーニングにもうまく応用できれば、日本や海外、世界中の方が同じ空間に入って同時にトレーニングを行うことも可能になるでしょう。コミュニケーションも生まれるはずです。最近はMMORPGのシステムを調べており、いつか実現したいですね。
三浦:今はトレーニングにxR技術を活用していますが、将来的には「作業支援」にもこの技術を展開できればと考えています。たとえばMRなら、エンジニアがメガネ型のデバイスをかけて装置を見ると、作業方法や手順がデジタルで表示されるといったことも可能でしょう。作業者の経験や知識をデジタルが補ってくれるので、より確実で安全な作業が実現するはずです。デバイスがとらえた装置の映像をもとにAIを使って異常を検知するといったことも考えられます。それはトレーニングを必要としない「トレーニングレス」につながるかもしれません。
半導体工場は365日24時間稼働なので、装置トラブルが起きると多大な影響が出てしまいます。こういった作業支援のツールができれば、現場のエンジニアが高度な作業をでき、トラブルを減らすことにもつながるでしょう。今回のプロジェクトでせっかく良いチームができたので、ここまでに積み上げた技術にAIなどを加えて、さらに進化したものを作っていきたいですね。
三浦 誠士(S&S)
精密・電子カンパニー
脇山 武志(研究・開発)
技術・研究開発・知的財産統括部
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